ゆったりんご | 観る、読む、思考、書き、創る、そして眠る、そんな日々。

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どうしたい?

考え込むと落ち込むのかも。

と、ふと気付いた。
落ち込むような内容のことを考えてるわけじゃないのに、
深く、追求せんとばかりに考えると、
なんとな~く暗い気分に…なる感じが…。

深く考えることも、追求することも、それ自体は悪い事じゃないのに、
その時の状態が「深刻な」雰囲気を帯びてしまうんだねぇ、きっと。

う~ん、わたしだけ?
かもしれないけど…。

「真剣」が「深刻」に変化すると落ち込むんだ。
知らずのうちに、日常の様々な要因が入りこんで、
さらに重くなるんだな。

人間の思考は放っておくと、自然に悲観に傾くとか。
確かに。思い当たる節は多々ある。
そして、完全に悲観の領域に入ってしまうと、
なかなか出て来れないものでもある。
沼に足を取られたかのように。

その沼から抜け出す努力をしなければ、堕ちるのみ。
そこにはもしかしたら、誰かの声援があるかもしれない。ないかもしれない。
どちらにしても、
最後の最後は「ここから抜け出す」という
自分の強い意志しか自分を助けられないのだ。

誰のせいでもない。

「自分」がどうするか。
どうしたいか、なんだ。

Category : ひとりごと
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「現実」との関わり

あの時から何かが変わったんだ。
私のまわりの様々なことの小さなものから地球規模にいたる大きなものまで。
それは…、やっぱり仕方のないこと。
変わってしまったところから、またスタートしなくてはいけないのだ。
過去の楽しかった日々は心に大事に取っておいて、そこから飛び立たなくてはならない。
前に進むために。

自分のまわりの小さなことも、辿りたどれば、大きなものへと繋がっている。
そのことを日常の奥底へ追いやってはいけない。


自分がこれからやろうとしていることを、
改めて考える。

Category : ひとりごと
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あの頃の「時」に思いを飛ばす

取り戻したい時間がある。
というよりは、
もう一度その時間と空間に潜り込みたい、
と言った方がしっくりくる。

その時間は、きらきらしていて
誰にも邪魔されない、いつまででも続くような時間。
今となっては、とっても貴重で
社会人になってから「あの時間はもうやってこないんだ」と気づいたときの
喪失感は、同時に大人の時を過ごす覚悟も一緒に連れてきた。
仕方ないからその現実を受け入れて今に至る。

私はひとりっこの鍵っ子だったので、
学校が終わって家に帰ってから親が帰ってくるまでは
ずっとひとりだった。
だからひとりの時間はたーくさんあって、
その時間が主に今の私を作っているといってもいいくらい。

寂しかったり、怖かったり、ということもあったけど、
それなりにひとりの時間を楽しんでいた。
小さい時は主に手紙を書いていた。
友達とかおばあちゃんとか親戚のおばさんとか。
だんだん、便せんとか封筒も自作するようになったりして。
学校でいろいろ学んでくると、
新聞を作ったり、はたまた詩ををつくったり。
中学生になってからは英語の辞書を眺めたり。

そんなことをしていると、あっという間に親の帰宅時間がくる。
でも、それは親が帰ってくるのを待っている時間でもあったな。
親が帰ってきて夕ご飯を作る時間も好きだった。
私は、たまーに手伝ったりするけど、
ほとんどは勉強したり、好きなことをやっていた。

そんな時間。

子どもの頃は時間がとてもゆっくりだ。
ゆっくりに感じるだけなんだろうけど、
私にはその頃のスピードがちょうどいい。
今は、生活の一切を全て自分でこなさなくてはならず、
自分の時間を持とう、とするときには
すでに疲れ果てて眠ってしまったりする。

あのゆったりとした、延々とした時間。
もう一度欲しい。
立ち止まってゆっくりしたい。
勉強したい。
いろんなところに出かけていろんなものを見たい。
たーくさんのお金があれば、出来なくもないんだろうけど。
今のわたしにはちょいと・・・。

太陽の光がふりそそぐ放課後の図書館の時間や空気感が
私の頭の中にずっと残っていて、
その印象がその時間たちを私の中できらきらとさせるのだろう。

ちょっと懐かしくなって、戻ってみた。

Category : ひとりごと
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これから

大地震から1週間が過ぎた。

すさまじい現実が確実にそこにあって、
とても受け入れられないと、心が折れて泣きたくなるけど、
でも受け入れて行かなくてはならない。
それはとても辛く厳しい道だけど、
なんとか乗り越えてほしい。

泣きたいときは泣いて。
でも、泣いたらまた、
今日よりは明るい明日を思って、
少しずつでいい、前の方を見てほしいと思う。

遠くからだけど、
強く強く応援しています。

一日も早い復興を願って。

Category : ひとりごと
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感知

ものすごい地震が起きて、
直接日被災したわけでもないのに、すっかり意気消沈してしまっている。
大きな長い揺れを体験したからか、
それにいつもよりひどい花粉症が加わったせいか…。

いづれにしても、自分は弱いなぁと思った。
揺れているときは、何もすることが出来ず、
ただただ怖い怖いとべそをかく始末。
今回は、まわりに人がいてくれたからよかったけど、
もし一人だったらどうだったのだろう。
ちゃんと自分を守れたのだろうか。
すごい事態に直面した時、パニックになりかねない。

地震のあった次の日もその次の日も何も手に付かず、
ボーっとすることしかできなくて。
今日の午前中までそうだった。
仕事をしているうちに、少し取り戻してきた。

気持ちの切り替えがうまく出来ないのかなぁ。
弱い、っていうか、なにかに甘えてんのかなぁ…。
うーん、わかんない。
でも、

もっとしっかりしないと、
と真剣に思ったのでした。


Category : ひとりごと
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3月11日の地震

あぁ、すごいことになった。
大変なことになった。
気持ちだけ右往左往。
何もすることが出来ない。
ストーブをちょっと我慢して節電することしかできない。

どんなにこちらの生活が麻痺しようと、
被災地の方々に比べたら、家で普通に生活出来ているだけで十分だ。

怖い揺れを体験したからこそ思えることかもしれない。
人ごとじゃない感じがして、とてもショックなのだ。
津波の映像もとても衝撃で、あの中にどれくらいの人が飲みこまれて
しまったのだろう、と思うと本当に居た堪れない…。

Category : ひとりごと
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私の味方

あぁ。家はオアシスだ。
外でどんなに悲しい目にあっても、つらいことがあっても、
家に帰ると、家にあるすべてのものが私の味方のようにいてくれる。

心が弱っているときは、まわりに大勢人がいても独りを感じてしまうし、
ひとりで帰宅中などはもっと孤独を認識してしまう。
家に帰っても誰かがいるわけでもないので、気が紛れるということもない。

でも、それでも、その中でも、家に着いて玄関のドアを閉めた瞬間から
ずいぶん楽になるのだ。

同じ「ひとり」は変わらないのに。

狭~いアパートの一部屋だけど、
確実に家に癒されてる。
私が私でいていい場所。

このひと空間に感謝いっぱい。
あなたなしでは私は生きられません…。

Category : ひとりごと
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