ゆったりんご | 観る、読む、思考、書き、創る、そして眠る、そんな日々。

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原発性アルドステロン症による腹腔鏡下左副腎摘除術 前日 

2012/8/15
 手術の前日は、入院日です。
 前回の検査入院の時と違って、手術を行うのは泌尿器科なので、違う病棟へ。ナースステーションによると案内の人が部屋に通してくれます。大部屋を希望していたのに、なぜか個室へ案内されました。どうも手術用の個室だそうで、手術を行う人が使う個室のようでした。なので、料金は発生しません。
 部屋は通常の個室よりも大きめで、その半分をもてあましている感じ。看護師さんがすぐに手術前の説明に来ました。とりあえず荷物を解き、着替えて横になり、検温と血圧測定。
 この日はとても忙しかった。看護師さんから手術までの流れを聞き、執刀医から直接手術の説明を聞き、今度は麻酔科の医師から麻酔の説明を受け、手術に立ち会う看護師さんからも説明を受けました。どの方からも安心感を得ることが出来て、とりあえずほっとする。
 執刀医は自分と同じくらいかもしかしたら若いくらいの人でした。実際に使用する器具なども見せてくれ、きちんと説明していただきました。たくさん恐ろしい話も聞かされた。同意書も何種類か書きました。
 麻酔科の医師は、気さくで明るさを持った人で、こちらの不安もきちんと聞いてもらいました。この方も若かった。
 全身麻酔のほかに硬膜外麻酔というのをするようなのですが、この硬膜外麻酔に私も母も若干不安を持ってました。でも、この硬膜外麻酔をすることのメリットデメリットをしっかり話してくれ、実施する方に気持ちを固めることが出来ました。
 手術室の看護師さんも丁寧に当日の流れを説明してくれました。とても意外だったのは、手術室で好きな音楽(ジャンル)を流すことが出来て、それをどれにしますか?と聞かれたことです。麻酔で眠ってしまっておそらく聞いていられないだろうに。どちらかといえば、執刀医の好きな音楽を流してください…とも思ったが、じゃぁ洋楽POPで、とお願いしました。
 この間に、私が行っていたことは2Lの下剤を飲むということ。13時くらいから飲み始め、17時くらいまでに飲み干さなければいけないのですが、実際は21時までかかりました…。21時以降は水を飲むことも禁止となっていたので、必死で終わらせました。普段からあんまり水分をとれる方じゃないので、結構きつかった。味もおいしいとはいえないし‥。
 15:30くらいに看護師さんが、へそのゴマを取りに来てくれ、それからシャワーを浴びました。あがるとすぐに点滴の針を入れられました。18時ごろと言っていたのにずいぶん早く不自由になってしまった。
 下剤の効果はすぐには現れず、19時くらいになってから徐々に。でも、あんまりスッキリした感がなく、おなかは結構張ったままでした。でも、出るものはなく、肛門からおしっこが出ているかのごとく液体となっていたので、たぶん便は全部出ていた、と思う。
 18時くらいに母が帰り、その後は音楽など聴きながらケータイをいじっていました。個室だから音楽もイヤホンなしで聴けるのです。あっという間に消灯の時間。特に明日の手術に対して、緊張することもなく普通に眠ることが出来ました。
 病室が下水くさいのが難点でした。

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原発性アルドステロン症による腹腔鏡下左副腎摘除術 当日

2012/8/16 手術当日
 手術は午後の1時の予定だったので、午前中は比較的ゆったりでした。点滴はもちろんついたまま。
 でも、最後のとどめ、浣腸をしました。浣腸なんてやったことなかったので、ドキドキ。でも、液体状の薬を入れられるだけなのですね。すぐに便意が来ました。本当は5分くらい待ってからのが効果的と看護師さんは言っていたけど、数分でトイレに駆け込んでしまった。

 時間が近づくにつれて、様相が出来ていきます。手術着に着替え、血栓予防の着圧靴下を履き、T字帯をつけます。これらを付けるタイミングは看護師さんが伝えてくれます。
 朝から熱が少しあり、時間が経つたびに上がっていってるのがちょっと気になりました。熱があることによって気分が悪かったりとか、何か症状が出たりとかはなかったので、不思議な感じでした。この熱のお陰で、手術が延びたりしちゃうのだろうか、と思ったりしたけれど無事続行となりました。

 開始時間が少し伸び、2時開始になり、1時半くらいに病棟の看護師さんと父母叔母と一緒に、歩いて手術室まで行きました。いよいよだなとは思いましたが、至って平常心。父母叔母とは手術室の前で笑顔で手を振り振り、別れました。
 手術室に行くまでの広い空間の場所に通され、靴を履き替え、頭にキャップをします。ここで病棟の看護師さんとはお別れ。手術室の看護師さんに案内され、6番の手術室へ。
 そこには既に麻酔科の先生がいました。手術台の上に寝せられて、硬膜外麻酔をするために体を横にし、背中を丸くしおへそを見るような格好を取ります。その辺りからなぜか気持ちが悪くなり、朦朧となってきました。まだ、麻酔されたわけでもないのになぜだろうと思いながらも、医師の問いかけにも応えられなくなり。 
 医師の声は聞こえます。「それでは、これから全身麻酔の薬を入れますからね」手首から麻酔が入ったのがじんわりとわかります。冷たいものが流れていきます。
 全身麻酔をいれてから10も数えないうちに眠ってしまう、と聞いていたので「ほんと??」と若干疑ってました。だから、本当に数えてやろうと思って息巻いていたのに、本当に「1、2、、」くらいでもう記憶が切れています。そこから「終わりましたよ」と声をかけられるまで、本当に何の記憶もありません。

 名前を呼ばれて起こされた時、「あ、もう終わったんだ」という感覚でした。実際には4時間以上経過しています。うっすらとした意識回復でした。ストレッチャーで運ばれているとき、「気持ち悪い、痰を吐きたい」と意思表示をしたのと、母の声が聞こえて、「あ、手術室にきたんだ」と思ったことくらいしか覚えていない。
 次に意識が戻ったのは、病室に戻り、体がものすごい勢いで震えている時。体が勝手に震えてる。しかも、ベッドがガタガタいうくらい激しく。そして、体が痛い。特に胃の辺りと肩。肩が特に痛くて痛くて、苦しかった。
 そこからまた意識が途切れ、父母叔母が面会時間を過ぎたので「帰るね」と言っていたのをうっすら覚えているくらい。もうそこから、なんどかうっすら覚醒しながら朝まで眠った。
 
 後から聞くと、病室に運ばれてきたときは血圧30ぐらいだったらしい。体は冷たくなって、肌は青白くまるで死人のようだったと。確かに、すべての機能をストップさせて、一時死んでいたようなものだものね。そう考えると、ものすごい峠を越してきたような気がする。
 少しずつ血圧も脈も普通に戻って行ったとか。震えも止まった。
 

 

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腹空鏡下左副腎摘除術 術後

2012/8/17 術後1日目

 何かを越えたかのように朝が来た。意識はあるけど、声が出ない。動くのもあまり出来ない。目が覚めてしばらくすると内科の主治医の先生が様子を見に来てくれた。何か励ましの言葉をくれたけど、私はあまり反応出来ていなかったかもしれない。次に麻酔科の先生も来てくれた。なんとか「大丈夫です」ということを伝えたのだけを覚えている。そして執刀の先生も来てくれた。傷を見ていったかな、もうその頃の記憶があいまいだ。

 この日は、ベットから起き上がって歩かなければいけない日だった。
 でも、「歩く」だなんて、今のこの体の状態からは到底考えられなかった。体を起こすことすら出来ないのに。
 何が辛かったかと言うと、まず胃の部分が痛かった。膨満し、体を起こそうとするとそのおかげで痛い。
 次に、肩。手術時の格好によりその後遺症として痛くなる、と聞いていたが、そんな筋肉痛のような痛さではない。どうやら、後で調べたら手術時に使った炭酸ガスが原因のようでした。独特の痛さに悩まされた。炭酸ガスのことはあまり説明されなかったので、ずっと不思議だった。
 今日一日は、動かせるのは腕だけ。胴体を横向きにさせるのもつらい。寝たきりで動けない状態とはこういう状態をいうのだなと思った。
 予定では歩かねばならないから、看護師さんが一生懸命手伝って、私の体を起こそうとするけれどやはりどうやっても体は拒否する。
 午後になって、執刀医が来た。今日、歩けなくても問題ないというようなことを言われてホッとしたのを覚えている。日曜日(2日後)くらいまでには、もしかしたら発熱や嘔吐などがあるかもしれないと言われた。
 この日の夜から食事開始。ずいぶん絶食していた割には、おかゆなどにならず普通の食事だった。

術後2日目

 今日は歩くぞと意気込む。ちょっと厳しめの看護師さんが朝来て、私を歩かせるべく介抱した。なんとか立ちあがることが出来たが、その時も肩が痛くて痛くて。立ち上がる時に痛むのです。痛みに耐えて目をギュッと閉じ、歯を食いしばっていると、「目を開けて!」と言われた。目を閉じてはいけない何かがそこにあったのか。目を開けて、ゆっくりと足を前に出すことができ、それをゆっくり繰り返すことが出来た。
 そして、そのままその看護師さんに誘導されナースステーションの体重計までたどり着いた。体重を測ったら、その看護師さんはそのままナースステーションに戻ってしまい、私はひとりで病室にとぼとぼとゆっくり帰った。なんだ、体重を測らせたかっただけなのね。
 そういえば、朝食の時間が過ぎているけどご飯来ないなぁと思っていたら、先程の看護師さんが「はい、歩けたご褒美よ~」と言わんばかりに「朝食でーす」と言って持ってきた。今まで私、ご飯お預けされてたのね…。なんかちょっと切ない気分を感じた。
 とはいえ、歩けるようになったので、この日は出来るだけベッドに横にならず、上体を起こして過ごした。無理のない範囲でベッドまわりを歩いた。歩けるようになったので、おしっこの管も取れた。硬膜外麻酔の針も抜かれた。でも、おなかのガスが溜まり不快だ。ご飯もまだ半分くらいしか食べられない

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腹腔鏡下左副腎摘除術 術後3日~5日

2012/8/19 術後3日目 

 傷口のガーゼがとれた。見ると痛々しいけど、もうガーゼなしで過ごしていいそう。でも、日ごろ、腹筋ってこんなに使っていたんだと思うほど傷口に響くことが多い。これは時間を置くよりほかない。
 腕に刺さっていた点滴の針も抜けた。
 入浴も可になったので、4日ぶりにシャワーを浴びる。シャワーの水圧が傷口にちょうど当たって痛かった。でも、気分もさっぱりしてやはり気持ちよかった。
 今日から手術用の部屋ではなくて普通の病室に変わった。今まではナースステーションの真ん前だったが、今度は遠く離れた。朝の体重測定がいい運動になる。


8/20 術後4日目

 お腹のガスが相変わらず健在。不快だ。今まで何回も訴えていたけれど、のれんに腕押しのような感触でどうも伝わってない感じがしていた。
 毎日いろんな看護師さんがくるが、今日来た看護師さんにもお腹のガスのことを言ってみた。そしたら、その人は他の看護師さんと違った。
 まず、よく話を聞いてくれた。こちらが心行くまで訴えさせてくれた。次に、状態を見てくれた。体に触って、音を聞いてくれた。そして、それを医師に伝えることを告げてくれた。
 これだけでどれだけこちらが満足したことだろう。その看護師さんによって、ようやく医師が動いてくれた。
 結局、お腹の張りは治らなかったが、その看護師さんがちゃんと話を聞いてくれたことが忘れられない。

 夜、消灯後に38.8度の発熱。冷房で寒いのかなと思っていたら、熱があった。夜中に看護師さんたちが、いつもと違った採血をしていった。解熱剤をもらって、朝までノンストップで眠れた。


8/21 術後5日目 

 朝起きたら、汗びっしょりだった。なんとなくすっきりした感じがあって、起き上がる時辛かった感じも軽くなっていた。起き上がって、遠いナースステーションに体重測定に行く時も、いつもよりスタスタすらすら歩いてることに気が付いた。お腹の張りも若干減っているようだった。
 発熱の原因は不明のよう。退院予定が次の日であったが、念のためとのことで一日退院が延びた。 
                                                                             

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