ゆったりんご | 観る、読む、思考、書き、創る、そして眠る、そんな日々。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted by ゆなりんご on  | 

履修計画見直し

 切羽詰まっているなか、履修計画を見直してみた。
 どうも調子に乗っていろいろ盛り込みすぎたようだなぁ。
 テキスト科目も始めから大きめのを選んでしまったかなぁ。いや、スクーリング科目と重なるから大変に感じるんだな。スクーリングの課題締切はどうあがいても1回しかないから、どうしても最優先になってしまうし、そうするとスクーリング前にやっていたテキスト科目の履修が滞る。そしてのびのびになってなかなか進まないんだなぁ。
 直近のスクーリング科目を一つ減らすことを決めた。

 そして、目標卒業年も一年伸びるだろうことを覚悟した。

スポンサーサイト
Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 2 comments  0 trackback

単位修得試験に挑む

 初めての単位修得試験。
 この単位修得試験は年に8回あるのだけど、それぞれがおのおのの科目を受講している通信教育部において、はたして試験ってどのように行われるのだろう・・・と疑問に思っていたのだけど、試験に参加して謎が解けましたわ。

 試験は1問のみの論述形式で、その日受ける全科目の問題が問題用紙に記載されていた。受験者は、どの科目を受験するかを解答用紙に記入して、受験するというわけだ。
 一問のみの論述式は、バカに出来ない。一応テストに向けてこの部分をまとめておいてください、という指針を何点か示してはくれるのだが、そのうちの1問だけが出題されるわけだから、ヤマが外れたらアウトである。まぁ、ヤマかけなどせずしっかり勉強していくのがもっともなのだけどね。
 
 今回私は、1科目のみ受験した。回答時間は1時間。1時間てあっという間だ。あまりあれこれ考えている暇はない。設問を見て、とっさに頭の中で構成を立てて書き始めなければ、すぐに終わってしまう。
 今回受けた科目は一番基礎的な科目で、比較的簡単なほうであったと思うのだけど、それでも時間ぎりぎりだった・・・。それでも次回受けるであろう科目の設問も見ておきたかったので、残り数分間でチェックした。
 そしたらやっぱり、なんだか難しそうな、時間を要しそうな、しっかり学んでこないととうてい太刀打ち出来ないような設問だった・・・。厳しいわね。でも、頑張るわ。やってやるわ。

 といっても、1時間経てば闘いのときは終わるので、ほっとする。(1科目受験だったからだけど。)結果のことは、運に任せ、今日はこのあとスクーリングレポを仕上げるんだ!と意気込んではいたものの、家に帰ってホッとしたらやはり眠ってしまった。
 でも、夜中には書き終えられたのでよかったー。
 切羽詰まった日々がとりあえず一段落した。

Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 2 comments  0 trackback

ドラマ『それでも、生きてゆく』

 今クール、民放で唯一見ているドラマに猛烈に揺さぶられ、猛烈に感動している。そして「嬉しい」という気持ちも共存。脚本は坂元祐二氏であったので、無条件に見ようと思っていた。
 ドラマ『それでも、生きてゆく』だ。
 
 なんというか、まずはこんなすてきな脚本を書く人に巡り会えたことが嬉しい。私にはとても響いてくる。今回のドラマの内容的に「すてき」と形容するのもどうなのかと思いはするが、そういうものを超越してすてきであり、すごいのだ。『Mother』のときにも感じた感じ。

 まず、第一話は当然のように引き込まれた。物語の運び方(構成)とか、セリフの緩急とかおもしろみとか、人物の心情の描き方やそのディテール。軽くない。かといって重すぎることもない。テーマはとても重いんだけどね。
 当然、二話三話と見逃せるはずもなく、更にまたひとつの魅力に気づく。それは、エピソードの挿入の巧さだ。エピソードそのものもそこら辺にあるようなものではなく心を打つ。そしてそれを使い、本題に入っていくところ。「ゴリラのTシャツ」―「ゴリラの血液型はみんなB型」のところや「座るときゅっと丈があがるスカート」のところ。やっぱりすごい。
 そして思ったのが、当たり前と言えば当たり前であるが、連続ドラマという特性を十分に活かして楽しんで書いてるなぁということ。こういった題材のものは映画や2時間ドラマなどでも描ける。連続ドラマのいいところは10時間、11時間なりかけてじっくり描けるところだ。その利点を上手に活かし、かつ懐深く書かれている。
 演出もホンに合っていて雰囲気がいい。私は好きだ。それこそシーンによっては映画を見ているような気分にさえなる。

 偉そうにいろいろ語ってしまったが、なんだかほんとうにすごいと思うのだ。すごいと思えるものに出会えたという嬉しさと制作側が私たちに対して真摯に作ってくれているという嬉しさ。作る側が置いておいた表面の奥にあるものの存在に気づけたとき、視聴者は感動する。そしてそれを怠らないでいてくれたことに嬉しくなる。
 プロの仕事だなぁ。
 私も精進だなぁ。

Category : ひとりごと
Posted by ゆなりんご on  | 0 comments  0 trackback

「色」とわたし

「共感覚」という言葉を知った。 

 共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)
 とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも
 生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感
 覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じ
  たりする。
 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/27 04:20 UTC 版)
 
あ、これ、わたしにもある。
この言葉に引き込まれた理由。今まで人にこのことを言っても、なかなかわかってもらえず歯がゆい思いを密かにしていた。
わたしは文字に色が見えるのだ。殊に数字。他の文字にもうっすら見えるけれども、数字ほどではないかな。似たような色の数字だと、本気で間違えてしまう。あれ、4日だったっけ9日だったっけ・・・?というように。文字の形ではなく、色で覚えているからだ。
「色」が私の記憶の手伝いの大半を占めてくれている。実際、書かれている文字に色が付いている場合も有効だ。その場合に、自分の見える色と違う色が配色されている場合は、それは結構な違和感があるのだ。でもまぁ、対応できる。黒文字一色の場合よりも実際に色が付いていて目から色を感じた方のがやはり記憶に残りやすい。

そんなことを考えると、私の生活は「色」ありきで成り立っているように思う。もし、「色」という概念がなくなってしまったら、とてつもなく不自由になると思うし、苦痛だと感じると思う。
頭で感じる色と実際目から感じる色、その両方から支えられて、私は成り立っているなぁ。だからモノクロより断然カラーの方が好きだし、身の回りのものや服装も好きな色での偏りはあるが、比較的カラフルである。たくさんの色を持っている。そうしてそれらを合うように組み合わせるのが楽しかったり。

文字や数字に色を感じる生活。私的にはかなりおもしろい。
4と9が似ているのが、玉に瑕だが・・・。(全然形、違うのにね。間違えようがないよね。色が似てて・・・ってやっぱり言い訳にならないんだろうなぁ)

Category : ひとりごと
Posted by ゆなりんご on  | 2 comments  0 trackback

貴重な一会 ( 専門教育科目「文芸特論」②③)

 この週末は「文芸特論」というテキスト科目の授業で、作家や評論家の先生方の講義を聞くという授業があった。スクーリング科目ではないのだけど、スクーリングみたい。
 読書量が圧倒的に少ない私には知らないお名前の方たちばかりで、もちろん著書も読めていない状態での参加で大変失礼な態度だったのだけれど、それでもやはりそういう方々のお話を聞きたくて参加させてもらいました。
 
 中でも、とても感動的だったのは1日目に聞いたお話。話、というよりはもう講義だったのだけど、それが素晴らしくよかった。
 内容も進行も。
 内容は、普段創作するにあたってこれってどういうふうに捉えるべきだろう、と悶々としていた部分の話だった。だから、わたしにとってはとても有益だったし、更に新しい境地を見せてくれた感じだ。そこを深く追究していけば、少し何か変わるかもしれない。そんな喜ばしい内容だった。
 そして、進行。講義の進め方だ。これは、軽視されがちだけれども、受講する側にしてみたらとても重要ことなのだ。進め方がうまいと、講師の言いたいことがすっと入ってくる。今回はまさにそれで、その展開に感動を覚えたほど。授業の核となる部分を外さず、段階を追って、系統立てて話してくれた。

 まるで、物語を聞いているようでした。

 あぁ、こうであるべきなんだな。創作となんら違わない。
 そんなことをも教えてくれた。

「文芸特論」の講義はあともう一日、来週行われる。これもまた楽しみだな。

Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 0 comments  0 trackback

suddenな展開(「文芸特論」④)

 「文芸特論」の講義、最終回を受講。
 今日は、作家の先生が来てくださった。受講人数は11人ととても身近な授業となり、1コマ目は突然の「創作」があった。なんと。『sudden fiction-超短編小説70』(文春文庫)の中のいくつかの短編を紹介してくれた後、フレッド・チャペルの『ストの町の子供たち』という短編の途中までを読ませ、その続きを400字で創作してください、というものだった。時間は40分くらい。そして、それを最終コマで各自のものを披露するというものだからさらに緊張。急な振りだったので出来るのか・・・と思いながらも、まぁなんとか形に出来た。
 発表の段階になって、他の人の創作した作品に触れるとやはり大変興味深かった。似通ったものがなく、みんな独特なのだ。先生がひとりひとりそれぞれの作品の中のsuddenを示しながら評してくれ、とても貴重な時間でした。
 その間に挟まれた2コマ目は、それの中休みのような感じ。ご自身の作品の発想上の舞台裏ともいえるお話をしてくださいました。この講義もとても参考になりました。こうやって物語を発想する方法もあるんだなぁと。

 3日間に渡りこの科目の講義を受けましたが、これはとてもお得感たっぷりな講義だったなぁ。スクーリングみたいに別途授業料もかからないのに、こんな豪華な方々のお話を聞けるなんて。しかもなんだか受講人数も少なめだし。それに、わたしにとっては有意なことがたくさんあって、大収穫でした。
 しかし、その余韻に浸っていられるわけもなく、テキスト科目としてレポート提出が待っている。まだ、いまいちレポートの書き方が入っていない感があるので、テキストで確認しながら書いたりするので時間がかかるのだ・・・。あ、その前に、参考文献読まなきゃだ。

Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 0 comments  0 trackback

小説の読み方を知る(スクーリング科目「文芸講義4」)

8月26日~28日
「文芸講義4 小説の構造と技法」

 私にとっては3回目のスクーリング。2単位取得出来るスクーリングは3日間で全12コマ。これを密かに怒濤のスクーリングと呼んでいるが、今回はもちろんどっと疲れたが、前回ほどはしんどくなかった。
 今回は「小説の構造と技法」という副題で、それはそれは楽しみにしていました。楽しみにしていた期待を裏切らず、その内容はとてもためになるものでした。

 1日目:語り手・視点・謎の効用
 2日目:物語と時間・イメジャリー・どんでん返しの仕掛け
 3日目:提示と叙述・エンディング

 必ず1日に1コマ、ワークショップの実施がありました。
初日は視点の観点から、映画『東京物語』のワンシーンを小説に翻案する、というもの。思いがけず『東京物語』の映像を見ることができ、人知れず和んでいた。もちろん課題はちゃんと書いた。
 2日目は、時間の観点から『オイディプス王』の一場面をストーリーからプロットへの変換・要約を試みた。ここではストーリーとプロットの違いがクリアになってかなりの収穫があった。でも、この課題は少し難航した。
 3日目は、提示と叙述の観点から『ハムレット』の戯曲のワンシーンから小説に翻案する、ということをやった。自分の戯曲への解釈に自信がもてないこともあり、もしかしたら見当違いの翻案になってしまっているかもしれない。

 そんな感じで、ワークショップも交えて楽しい講義だったのです。なにより、小説というものがこんな風に成り立っていてこんな風に読むんだ、ということがわかったような気がした。今までは小説を読んでいても、何を読み取ればいいのかいまいち掴めずにいたのだけど、こういった構造や技法、さらにはそれらが作られた時代背景を知ることによって、その作品のおもしろさ、奥深さをより実感をもって味わうことが出来るということの実感にわずかではあるが触れた気がした。

 やはり、「知る」ということは大事だな。知らなければスルーしてしまうことは、きっと多い。

Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 4 comments  0 trackback
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。