ゆったりんご | 観る、読む、思考、書き、創る、そして眠る、そんな日々。

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Posted by ゆなりんご on  | 

総合教育科目『学術基礎1』(テキスト科目)

今、『学術基礎』という科目に取り組んでいる。
これは、総合科目のひとつで「大学におけるレポート作成の仕方」を学ぶ科目。
レポートなんて書いたこともない私にとっては必須の科目だ。

テキストと副教材を読んで、レポート課題にさぁ取り組もう!と思ったところで早くも頓挫ですよ。
レポートの条件として①章立てをする②参考文献をつける。
今まで、散々文章は書いてきたけど、レポートや論文のようなものをほとんど皆無なので、なんだか戸惑ってしまっている。
だいたい、こんなことを書こう、というのはあるのだが、
それをどのように文章に組み立てて行ったらいいのか、
というところで思考停止だ・・。
もともとあんまり構成立てて文章書かないからなぁ。
シナリオ書くときもあんまりハコとか書かないしなぁ。
大事な過程なのはわかるんだけど、
頭の中だけで済ませて、書き始めちゃう。

だから、今回もそうしてみよう、と思ってやり始めたのだが、
止まっちゃった・・・。

うーむ。頑張りどころだ。
もう少し参考文献読んで研究してみよう。

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Category : 大学
Posted by ゆなりんご on  | 2 comments  0 trackback

「現実」との関わり

あの時から何かが変わったんだ。
私のまわりの様々なことの小さなものから地球規模にいたる大きなものまで。
それは…、やっぱり仕方のないこと。
変わってしまったところから、またスタートしなくてはいけないのだ。
過去の楽しかった日々は心に大事に取っておいて、そこから飛び立たなくてはならない。
前に進むために。

自分のまわりの小さなことも、辿りたどれば、大きなものへと繋がっている。
そのことを日常の奥底へ追いやってはいけない。


自分がこれからやろうとしていることを、
改めて考える。

Category : ひとりごと
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どうしたい?

考え込むと落ち込むのかも。

と、ふと気付いた。
落ち込むような内容のことを考えてるわけじゃないのに、
深く、追求せんとばかりに考えると、
なんとな~く暗い気分に…なる感じが…。

深く考えることも、追求することも、それ自体は悪い事じゃないのに、
その時の状態が「深刻な」雰囲気を帯びてしまうんだねぇ、きっと。

う~ん、わたしだけ?
かもしれないけど…。

「真剣」が「深刻」に変化すると落ち込むんだ。
知らずのうちに、日常の様々な要因が入りこんで、
さらに重くなるんだな。

人間の思考は放っておくと、自然に悲観に傾くとか。
確かに。思い当たる節は多々ある。
そして、完全に悲観の領域に入ってしまうと、
なかなか出て来れないものでもある。
沼に足を取られたかのように。

その沼から抜け出す努力をしなければ、堕ちるのみ。
そこにはもしかしたら、誰かの声援があるかもしれない。ないかもしれない。
どちらにしても、
最後の最後は「ここから抜け出す」という
自分の強い意志しか自分を助けられないのだ。

誰のせいでもない。

「自分」がどうするか。
どうしたいか、なんだ。

Category : ひとりごと
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イキウメ 『散歩する侵略者』@シアター・トラム

『散歩する侵略者』(作・演出 前川知大)の最終公演を観てきた。
当日券の立ち見の観客も結構いた。
イキウメの公演は初めて。

この題名の「侵略者」とは人間の中に入り込んだ人間のふりをした異星人のことだ。
劇中では「宇宙人」と言っていた。
その「宇宙人」は、地球を侵略するため、地球に調査しに来ていたのだ。
特殊な能力を使って、人間から「概念」を奪う。
そうやって地球のことを学び、収穫していく。
一方、「概念」を奪われた人間は、そのものの言葉を知っていても、理解することが出来なくなってしまう。
そうやって人間たる生活が出来なくなる人が続出する。

とこうかくと単なるSFもの?侵略系ファンタジー?のように見えるが、そうではない。
その「宇宙人」は私たちにとっては何なのか。

次第に、宇宙人は正体を明かし始める。
というか、初めから本当のことを言っていた宇宙人もいたが、
誰もそれが現実のことだと思う人はいない。
端から、それは戯れだ、と取り合わない。
そうしているうちに、また一人犠牲になる。
ようやく、これは一大事だと気付いた人間が、ほかの人間に伝えようとしても、
一向に取り合わない、信じない、そんな事が起きるわけない、と思っている。

でも、現実に起きているのだ。

侵略される、とわかっていても何もしない。
ぴんと来ていない、といった方のがいいのか。

今、私たちがさらされている問題を想像せずにはいられない。
もちろん、そのことだけではないが、意識して書かれている。
この戯曲自体は震災の前に書かれたものだが、その後役者とも話し合って、再考したそうです。
(徳永京子取材・構成「僕らの好きな「恐怖」対談 黒沢清×前川知大」前川知大著『散歩する侵略者』エッチビィ株式会社、2011)


「宇宙人」たちはそろそろ自分たちの星に帰るという。
地球の情報も得たし、侵略するために。
でも、「宇宙人」たちが入った人間は、彼らが抜けた後死を迎えなければならない。

夫が「宇宙人」に入られてしまったひとりの女性がいる。
彼女は「愛」という概念はもう奪った?と彼に聞く。
彼は、いやまだだ、という。欲しいけど、誰も話したがらない、と。
彼女は、じゃぁそれを私から奪って、という。
今のあなたにそれをイメージ出来るのは、私だけだから、と。
それに、あなた、死んじゃうんでしょ…?と。
彼は、戸惑いつつも彼女からそれを奪う…。

その「宇宙人」は「愛」という概念を奪い、それを体感し、理解した時、
自分らのこれからの目的も、おそらく今までしてきたことも、わからなくなってしまう。

話は、ここで終わる。
最後は、我々人間がとても身近で、大切にしている「愛」で終わった。
「愛」のもつ偉大さで、何かが変わる。かもしれない、という可能性を残して。

最後のシーンは、かなりの人が心を動かされていたようだった。
鼻をすする音が輪唱していた。
わたしも、演劇の公演で初めて涙が頬を伝った。
(うるうるすることはあっても、流したことはなかったなぁ。)

でも、ここで終わっちゃうのか、とも思った。
これでは、「愛」の力でなんとかなっちゃうのかも、という余韻しか残らない。

あの後、「愛」を知った「宇宙人」は、その後地球を侵略しにくるのだろうか。こないのだろうか。
「概念」を奪われ、病的になってしまった人間たちは?
もとに戻れるのだろうか、一生そのままなのか。
「宇宙人」が侵略してくるかもしれない、とわかっている人間たちはどうしたのか。
何をしたのか、何もしないのか。

その間、強烈に発してきたメッセージが最後にどこにも効いてない。

問題が起きた後、彼らは何をしたか。
その行動を描くことによって、
ようやく最後の想像を観客にゆだねられると思うのだ。

最後だけ、尻切れトンボな感じがしてしまうが、
でも、私はこの作品に好意的である。
終演後、しばらく動けなくなるなんて、めったにない。
放心状態で頭や心を整理し、落ち着けるのに時間を要しました。
素晴らしかった。




Category : かんげき
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