ゆったりんご | 観る、読む、思考、書き、創る、そして眠る、そんな日々。

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Posted by ゆなりんご on  | 

大学に行く

4月から大学に行くことにしました。
働かなくては暮らせないので、通信で!
芸大の文芸コース。
先日は学生証が届き、続いてテキスト一式が到着。
この後、それぞれ各自必要なテキストを別途申請するのだそうだ。
ルールがいっぱいあるようで、しっかり把握しないとだ。

大学に行く、と決めた時から、
もうすごくわくわくしちゃって、スタートするのがとても楽しみでした。
こうやっていざ始動すると、大丈夫だろうか、ちゃんとついて行けるだろうか、
などといった気持ちも現れるが、(卒業、結構大変そうなので)
目的を見失わずに自分のペースでやっていこうと思う。

UT

わぁ~今更ながら
花の女子大生です。
本当は入学式、出たいけど、遠方キャンパスなので
泣く泣くあきらめ。

でも、
学べるということは、有難い。

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Category : 大学
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いよいよ始まる学生生活

今日は、大学の新入生ガイダンスの日でした。
今日の出席ものちに課題を提出することによって、スクーリング受講料なしで、
単位になる、というお得な登校日でもあるのだ。

途中、外苑東通りにわずかな桜の並木があって、
満開で、なんとなく入学式に向かうような気分にさせてくれた。

キャンパスに行くと「入学おめでとうございます」という言葉を
何度も聞いた。それによって、少しずつ大学に入ったのだと実感。
試験もなかったし、大変な思いをして入ったわけではないので、
そんなお言葉、もったいない。と初めは思ったのだけど、
学ぼうと決意し、今それが現実となって動き始めている、
ということに対しての言葉のように聞こえてきて、
素直に受け止めることが出来た。
と、同時に嬉しかった。
結果ではなく、行動自体を祝福してくれる感じ。

それに、これからが大変なのだ。
私は芸術学部文芸コースなので、
年間100冊以上は本を読み、読み、書き、読み、読み、書き、読み…
というようなことになるようのだが、
はたして出来るのだろうか??
読書速度、超遅いこの私に。

経済的にそんなに長く在籍出来ないし、
でも、本当はゆっくり学びたいし。

まぁ、出来るようにやるしかない。
楽にやろう。



Category : 大学
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ままごと「わが星」三鷹市芸術文化センターにて

ままごと公演
『わが星』 柴幸男【作・演出】を観てきた。
私の今の位置からだと会場の三鷹は遠く、
駅から会場までも歩くと遠く、
見知らぬ土地だったからなおさら遠く、
やれやれと思ったけど、観に行って良かった公演だった。

もっと若いときに、たとえば高校生の頃とか舞芸時代とかに
こういう演劇をたくさん観ていたら、もう少し違っていたのではないか、
と思ったりもしたけど、でも、やっぱり
きっと、今のわたしだからこそ、いろいろと感じ得るのだろう。
当時のわたしならきっとスルーだったかもしれない・・・。

演劇でやるべきこと
演劇だからこそ出来ることを観たような気がした。
戯曲がおもしろく、興味深い。
会場は円形劇場で、シンプルだけど奥行きのある演出。
音楽がよさを倍増していたなーと
思っていたら、三鷹市芸術文化振興財団のページで
「ラップ・ミュージカル『わが星』」と紹介されていた。
うん・・・、確かに。
ミュージカルといえばミュージカルかもしれない。
でも、ミュージカルだと思って観ない方がおもしろい。

言葉あそびのようなセリフ。
その中にもしっかりと意味が込められていて、ぴったり合っていて、
核心をついている。

今回も刺激をもらった。
再演、ありがとうございます。

Category : かんげき
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あの頃の「時」に思いを飛ばす

取り戻したい時間がある。
というよりは、
もう一度その時間と空間に潜り込みたい、
と言った方がしっくりくる。

その時間は、きらきらしていて
誰にも邪魔されない、いつまででも続くような時間。
今となっては、とっても貴重で
社会人になってから「あの時間はもうやってこないんだ」と気づいたときの
喪失感は、同時に大人の時を過ごす覚悟も一緒に連れてきた。
仕方ないからその現実を受け入れて今に至る。

私はひとりっこの鍵っ子だったので、
学校が終わって家に帰ってから親が帰ってくるまでは
ずっとひとりだった。
だからひとりの時間はたーくさんあって、
その時間が主に今の私を作っているといってもいいくらい。

寂しかったり、怖かったり、ということもあったけど、
それなりにひとりの時間を楽しんでいた。
小さい時は主に手紙を書いていた。
友達とかおばあちゃんとか親戚のおばさんとか。
だんだん、便せんとか封筒も自作するようになったりして。
学校でいろいろ学んでくると、
新聞を作ったり、はたまた詩ををつくったり。
中学生になってからは英語の辞書を眺めたり。

そんなことをしていると、あっという間に親の帰宅時間がくる。
でも、それは親が帰ってくるのを待っている時間でもあったな。
親が帰ってきて夕ご飯を作る時間も好きだった。
私は、たまーに手伝ったりするけど、
ほとんどは勉強したり、好きなことをやっていた。

そんな時間。

子どもの頃は時間がとてもゆっくりだ。
ゆっくりに感じるだけなんだろうけど、
私にはその頃のスピードがちょうどいい。
今は、生活の一切を全て自分でこなさなくてはならず、
自分の時間を持とう、とするときには
すでに疲れ果てて眠ってしまったりする。

あのゆったりとした、延々とした時間。
もう一度欲しい。
立ち止まってゆっくりしたい。
勉強したい。
いろんなところに出かけていろんなものを見たい。
たーくさんのお金があれば、出来なくもないんだろうけど。
今のわたしにはちょいと・・・。

太陽の光がふりそそぐ放課後の図書館の時間や空気感が
私の頭の中にずっと残っていて、
その印象がその時間たちを私の中できらきらとさせるのだろう。

ちょっと懐かしくなって、戻ってみた。

Category : ひとりごと
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『その族の名は「家族」』@青山円形劇場(作・演出 岩井秀人)

またいい芝居を見せてもらった。
家族の痛い痛いところを本当にリアルに表現していた。
すごく、わかるのだ。
ああいう感じ。
すごい暴力などはないとしても、
うちの家族・親類にも、ああいうことが容易に想像出来る。
家族のああいう変な、いや~な感じって本当に味わっていないと出せないよなぁ。
きっと岩井さんはそういう場面に合っていたんだろうなぁ、
と芝居を見ながら思っていた。
家に帰ってチラシをよく見たら、やはりそのようだった。

書かずにはいられなかったのだろうと勝手に推測する。
私もかつて「いつか書いてやる」と思うようなことがあったから。

この芝居の、ユースケ・サンタマリア扮する母が
この家族を取り巻く空気の唯一の救いに見えた。
明るく、おもしろく、優しく振る舞うそんな母がいてくれたら、
それは本当に大きな救いだ。
母の立場から見てみたら、つらいどころの話ではなく、
救いであるなど、それはきっと子ども目線での勝手な願いであって、
都合のいい心情なのかもしれない。
でも、やはりそんな母がいるからこそ、みんな集まれたのだ。

感情とそれぞれの思考と物事のとらえ方が
ひとつも交わることなく、わずかでも解決の道につくことはない。
そのもどかしさと「もうこんなところにはいたくない」という逃避の心と
でも、絶対的に離れられないという束縛感。
みんな心地よくないのに一緒にいなくてはならない理由はなに?
「家族」だから?
・・・


役者の演じる感情が直接的に、すごくすごく伝わってきて、涙腺を刺激する。
舞台も近かったからなおさらだ。
自分に迫られているかのよう。
でも、そんな中にもささやかな笑いも施してくれる。
セリフと演技の妙。
狙っているのか否か、
とっても真剣なシーンなのに可笑しく見えてしまったり。
それは役者個人の特性かな。
繰返す構成。見せ方がおもしろいなぁ。

ユースケ氏はその存在だけでおもしろい空気を生んでいた。。
そいうのって演じる上で邪魔にならないのかな?と思ったりもしたけど、
むしろそれがよかったのだな。
だから、彼が選ばれたのだ。
研さんのおばあちゃんは、かわいかった。

http://hi-bye.net/kazoku/top.html


あぁ、演劇ってすごい。

Category : かんげき
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